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2005年12月11日(日) 東京・小平市
エンディングセンター発行のE-net 66号で、お父様とのお別れに利用された会員さんのレポートを紹介したところ、反響が大きかったことから、その一軒家の斎場を訪ねました。
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◆2005年秋の講座第2回
お気に入りのポートレートを撮ってもらおう
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2005年11月26日(土) 東京・世田谷区 下北沢らぷらす
講師 川島敏生さん(写真家)
遺影写真の準備といわず、お見合い写真にも、自己PR用にも使えるお気に入りの写真をプロの写真家に撮ってもらおう、という会。参加者全員がポートレートを撮っていただきました。
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2005年11月9日(水) 東京・世田谷区 下北沢らぷらす
講師 金 亮希(キム・ヤンヒ)さん(東京大学大学院生 森林科学専攻)
近年、激動している韓国の葬送事情について、1990年代後半から新葬墓政策を行ってきたソウル市の事例を中心に、お話をしていただきました。
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◆エンディングセンター'05 秋のミニ・シンポジウム
対談「死の受容と葬送儀礼」 青木新門さん&碑文谷創さん
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2005年9月19日(月・祝) 東京・弘済会館
『納棺夫日記』作者の青木新門さんと、葬送ジャーナリストの碑文谷創さんが、世界の葬送の歴史をふまえ、いまどきの「私らしい」葬送について、私たちがヘンだ、と思うこと、不思議に思うことの根っこにあるものを語り合いました。
死って何だろう?
碑文谷 「死の受容」について語る前に、「死」って何だろうということからお話しさせていただきたいと思います。青木さんは、『納棺夫日記』という本を書かれています。そこで描かれた死は、これまでにない視点で書かれていたと僕は思うんですね。青木さんが考える死とはどういうものか、という話から伺っていきたいと思います。
青木 ひょんなことから葬儀社に勤め、死後の世界ってどんなんだろうと思って納棺をやっておりました。そんな時に出会ったのが、宮沢賢治が肺結核になって40度の熱の中で書いた詩なんです。残った生者たちは惨憺たる死の現場を惨憺たる光景として見ているけれども、死に行く人は「私が見えるのはやはり綺麗な青空と透き通った風ばかりです」と。
井村一清という29歳で亡くなった医師の遺稿集に、「飛鳥へ、まだ見ぬ子へ」というのがあります。自分が癌になって、治ったかと思って検査に行ったら、全身に癌が転移していた。そんな日の晩に書かれた日記なので、おそらく見たままの光景が書かれていると思うんです。「あらゆるものが輝いて見え、雑草が小石までが光って見える」。これを読んだ時、私は『銀河鉄道の夜』という宮沢賢治の作品を思い出しました。あの銀河鉄道というのは死後の世界、四十九日、中有の世界が書いてあるんですよね。生と死が限りなく近づいた時、あるいは生きていながら死を百%受け入れた時に、あらゆるものが輝いて見える世界というものは、突如、現れるんじゃないか。死ぬっていうことはそういう世界へ行くことなんだと、私は思うようになったわけです。
一人称の死、二人称の死
碑文谷 一般的に死が怖いっていう感じとはまた違うものがあるのかなぁと思います。子どもの死であるとか配偶者の死であるとか親の死であるとか、そういう具体的な死に出会うということはどういうことだろうか。
私は数年前に父親を亡くしていますが、父親が死んだって聞いた時から1週間くらい、父の生前の表情、語り口についての記憶喪失になっているんです。そしてあとは感情の起伏がものすごく激しくなりました。箸が転んだみたいなことでも、ゲラゲラ笑い、ちょっと優しい声をかけてもらいますと、ブアーっと涙が出て来る。感情のコントロールができない。死ということを客観的にわかっていたつもりでも、自分が体験すると全く違った形で起きてくるのですね。
死は、2つの側面から捉えることができると思います。一つは自分の死。死んでいく患者にとってどういう生、ターミナルライフがいいのか。これはある意味で一人称という形で死を捉えるようになって、それが尊厳死とかクォリティ・オブ・ライフという形で考えられるようになったということですね。
もう一つ、二人称として生と死を捉えるという捉え方があります。たとえば、癌で亡くなる方の場合、癌の告知を受ける。まず患者の家族が告知を受けるわけですね。そうすると、予期悲嘆というのですが、先にある喪失を先取りする状態に家族が置かれる。そういう中で看病している。その家族は患者が死んだ後も、その後の悲嘆というのを抱えるわけです。そういうのを今、二人称の死という形で私は捉えています。青木さんは満州で終戦を迎えられました。満州からの引き揚げの途中で妹さんを亡くされているんですね。
近親者の死、戦争の死
青木 満州で私が終戦を迎えたのは8歳でした。4歳の妹が死んだ時、母は発疹チフスになってどこへ行ったかわからなくて、私と妹は難民収容所にいました。寒い朝でした。妹が枕元で死んでおりまして、それをぼんと捨ててきた体験があります。きょうは写真を持って来ましたので、ご覧ください。
終戦の時の私と同じ年代の少年の写真です。これは昭和20年8月29日に長崎の原爆の後で撮られた写真で、ジョー・オダネルという写真家が撮ったものです。NHKが主催で、日本で初めて開いたジョー・オダネルの写真展を私は偶然見に行き、この写真の前に来て動けなくなりました。「この少年は弟の死体を背負って仮の火葬所にやって来た。そして弟の小さな死体を背中からおろし、火葬用の熱い灰の上に置いた。少年は兵隊のように直立し、アゴを引き締め、決して下を見ようともしなかった。ただぎゅっと噛んだ下唇がすべての心情を物語っていた。火葬が始まると少年は静かに背を向け、その場を立ち去った」。こんな文章が書いてありました。読んでいるうちにバァーっと涙が出てきて止まらない。少年時代に満州で妹を捨てて来た状況と一緒なんです。こういう少年時代の原体験がありまして、私の人生に何か影響しているんじゃないか、このように思っております。
自殺ということ
碑文谷 この5年間ぐらい自殺者と言われる人が毎年3万以上出ています。自殺はいいか悪いかという議論がよく行われます。死の教育といって、人間の命はこんなに尊いから粗末にしてはいけない、だから自殺はいけないんだということがよく言われます。しかし、自殺する人の8割以上はうつ病あるいはなんらかの心の病を抱えていると言われます。私は自殺と言わずに自死という言葉の方を選ぶのですが、自死に至るというのは、おそらく病気みたいなものではないかと思っています。人間の命がいくら尊いからといって、うつになった時は本当に関係ないんです。目が一点を見るようになって、他の世界は全く目に入って来ない。いいか悪いかなんていう議論はないんですね。青木さんはどういうご意見をおもちですか。
青木 自殺は、以前は2万人ぐらいだったんですが、バブルが弾けてから1万人ほど増えて、増えたうちの50%は中小企業の事業経営者であると言われています。命よりも金、経済というものになっている社会が悲劇だと思っています。自殺も他殺も、同じく命を粗末にしているということでは変わりないのですが、社会的なことで言えば、自殺の方が迷惑かけるという点ではちょっと少ないかなぁと、いう気がします。
命のバトンタッチ
青木 東京都内の子どもたちの90%が臨終の場を見たことがないんです。人の死を実際に見たことがない。死の「現場」を経験したことがないと、死は三人称になるんです。それは仕方ないかもしれませんね。例えば、おじいちゃん、おばあちゃんが富山にいて、子どもはお父さんお母さんといっしょに東京にいる。距離がありますし、学校のこともあるから、臨終という時にすぐ行けるわけではない。医療機関も延命措置を一生懸命にしますから、今日死ぬだろうと言ったのに、まだ死なないということがあるわけです。
私たちは人が死んでいくところを見ることで、命のバトンタッチをしてきたわけですが、命のバトンタッチをしないで、命の大切さを教えようなんて無理な話だと、私は思っています。一人称の死というもの、二人称の死の「現場」というものがとっても大事なんじゃないか。そんなことを、納棺夫として学ばせていただきました。
碑文谷 2007年問題の一つは、生まれる人の数と死ぬ人の数が逆転することだと言われています。今までは死ぬ人の数が少なくて、生まれる人の数が多かったのです。それが逆転しそうだと。もしかしたら、2005年にもその逆転が起こるかもしれない。社会の変化というのは、当然、家族の変化ということを背景にしています。
葬儀が随分変わってきています。その一つが直葬(チョクソウ)というものです。ジキソウと言う人もいますが、お葬式をしないで、火葬だけをするという形ですね。これもそれぞれの家固有の理由があってのことだろうと思います。
家族葬という言葉は、一般に認知されましたね。ただ家族葬という言葉に、どのようなイメージをもっているかということは、人によって随分違うんです。昔は密葬と言われていたものですが、今は家族葬という言葉で言い換えられている。密葬というと何かちょっと暗いイメージがあったのですが、家族で親密に送るという形ができてきた。
また、ここ5〜6年で急激に、病院から自宅に帰らないというのが一般的になりつつあります。直接、斎場あるいは遺体安置室に送るのが一般的になってきました。
青木 私が納棺をやっていた頃から見て、ものすごく変わった。ご遺体そのものも変わってきましたね。昔、明治5年とか10年ぐらいのお生まれの方を納棺していた頃は、枯れ枝のような感じの遺体ばっかりでしたね。今は点滴、点滴で、遺体がぶよぶよになってきた。枯れ枝のような遺体は、非常に自然な感じがしました。しかし今は、生木を裂いたような感じがするんです。死が、死体そのものが。
ご葬儀も、昔はご本尊中心の祭壇でした。いつの間にかご本尊を追っ払って、遺影が中心になってきた。遺影との関係ですから、偲ぶ会、お別れの意味が中心になっていくわけですね。大ざっぱに言うと。
碑文谷 葬儀って昔は大変にエネルギーがいったものですが、だんだん簡単になってきたなということは言えると思うんですね。第三者が口を出さないという意味では、いいことではありますよね。但し、死というものが、起こっても別にどうでもいいものにもなりつつある。亡くなった人が家に帰らない理由の一つは、家に居る場所がないということがあるんですね。例えば、長期入院とか、施設に行っていて、家族は、その人が居ないなりの生活ができている。そこに亡くなった人が帰って来るとどうなるかという問題があるわけです。
グリーフワークの必要性
碑文谷 グリーフというのは、死別の悲しみのことを言います。家族とか近しい友人を失った時に心が裂かれるような悲しみを感じる。それをグリーフと言います。グリーフは悲嘆と訳されていますけれども、悲しみばかりじゃないんですね。情緒不安定になってみたり、無反応になったり。怒るということもあります。怒る先がなければ、自分を責めるということになります。自殺の場合、家族はその怒りを持っていく先がない。怒りを持って行く先がないから、自責がずっと強くなってしまう。
死の受容にはグリーフワークが必要で、悲嘆を外に出していく。一つ一つ段階を乗り越えていくということが必要になる。その中で、死の事実を曖昧にしたままでは、乗り越えることはできないわけですね。その事実を認めることは非常に辛いことなんだけれども。
青木さんは引退後、インド、チベットとか中国を旅行されています。インド、チベットにおける死生観というのは、どういうものなのか。葬送儀礼というものは何なのか。おそらくそこから見ると、今の日本人の死とか葬儀も、違った角度から見られるのではないかと思いますが、いかがですか。
青木 日本の葬式を見ていて、これほど形骸化している儀式はないなぁと感じます。なぜこのように形骸化していったのかということが、実によくわかるんですね。亡くなった方のお顔を拝見してきて思うのは、自殺なさった方であろうとなんであろうと、全部優しい。柔和なお顔なんです。ところが、その場にほとんど親族がいないという現象が、今日の社会のあらゆるところで起きています。そういうお顔を見ていないんです。臨終の場に出会うということはとっても大事なことだと思います。それは命のバトンタッチなんです。バトンタッチしないで、命の大切さ、命が大事と言葉で言っても、それは伝わりません。それは三人称の言葉ですから。そのことを今日はお話ししたいと思っていました。
碑文谷 先ほどのグリーフということに絡めて言うと、「忘れる」ということでは解決しないんですね。福島泰樹という方は、絶叫詩人としても有名ですが、死者はどこへ行くのかという問いに対して、「死者は人の心の中に入って行く」という言葉があります。私はこの言葉が大好きです。どう解釈するかということはいろいろあるだろうと思いますが、私の結びの言葉とさせていただきたいと思います。
青木 碑文谷さんの著書に『死に方を忘れた日本人』という本があります。死に方を忘れるということは生き方を忘れるということです。ペットが死ぬと泣いて悲しむが、田舎の祖父母が死んでも涙も出ないのは、日頃愛情をもって接しているかどうかの生き方の問題なのです。死に方を考える前に生き方を考えるべきだと私は思います。
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◆エンディングセンター'05 春のシンポジウム
―首都圏・樹木葬シンポジウム―「桜の下で眠りたい」
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2005年3月12日(土) 東京・弘済会館
「樹木葬」は、「墓地、埋葬等に関する法律」に則り、墓地として許可されたところに、墓標として樹木を植え、遺骨を埋める葬法。首都圏での実現は難しいとされてきた樹木葬が、ついに実現しました。
シンポジウムでは千葉・天徳寺住職・二神成尊さんが昨年から始めている樹木葬を画像を交えて発表。
同じ千葉で「樹木葬」実現を進めている真光寺住職・岡本和幸さんはその計画を発表。
続いてエンディングセンター代表・井上治代がエンディングセンターが5年越しで計画してきた「桜葬」と「桜葬ネットワーク」を発表しました。
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