新潟市角田浜――私は父方の故郷が新潟県東蒲の地域なのに、まったく知らない地名でした。もちろん妙光寺も。実家は神道で、寺には縁が薄く、母方の祖母が熱心に寺通いしていたので「トラおばあさん」から少し話が入ってくるくらいでした。
不思議なもので、夫を送ったからか、あるいは年を重ねたからか、寺や仏教にも関心が持てるようになりました。宗教なんて、と若いエネルギーで突っ走っていた日々も過ぎ去り、日々穏やかに過ごせるためには何の力も借りたいものという柔軟さが出てきたのでしょうか。
さて、妙光寺の空気はおそらく一般的な寺とは違っているのかもしれませんが、住職のまわりには大勢の老若男女が集まっていてフェスティバル安穏の準備で活気に満ちていました。だいたい建物全体の風通しがよく(実際の風も)少しも威圧感がありません。よく練られた計画書に基づきフェスティバルが実にスムーズに進行していくことに驚きました。
内容紹介は省き、私の感想は、お寺の活動が地域の檀家さんや安穏会員の方々と心が通い合って成り立っているように思われたことが不思議な発見でした。
法会はとても美しいもので、すがすがしい気持ちに満たされました。その後の夕方からの交流会のなんと楽しかったこと。私は実行委員の末端に加わる身なのでもてなさなければいけないのに、地元の方々に親切に接していただきひとときの幸せな時空間を過ごしました。寺に、あるいは他人に信頼を寄せてそこに集まった人々の清らかな心、何の不浄な思いの入る余地のない世界を体感しました。
「また来年会いましょう!」「東京の桜葬墓地にもいらしてくださいね!」と挨拶を交わしてお別れしたのでした。本当によい夏の日を過ごせたことに感謝します。
会員 S
初めてフェスティバル安穏に参加し、スケールが大きいこと、設営と進行の手際がよいことに驚きました。スタッフは私たちを含め、なんと70人だそうです。
本堂前の院庭から山門を出て、たくさんの灯明が両側に立ち並ぶ参道を通って行く安穏廟前の広場、山門の内側の外庭へと移動する会場は、どこも広々としていて空気がおいしく、ゆったりとした気持ちで一日を過ごしました。
第1部講演とパネルトーク冒頭、小川住職の語りのタイトルは「今の寺に仏教はない、のか」。寺と仏教についてどのように語られるのかと思っておりましたところ、修行の場であるとともに、一人ひとりの生き方を支え、横のつながりを作っていく役割を担う、という寺のあり方について明快に語ってくださり、納得いたしました。
住職は、交流パーティでは各テーブルを回って、一人ひとりに話しかけておいででした。
安穏法会は荘厳で、この催しの中心として存在感がありました。年ごとに内容を少し変えておいでになるようですが、参会者全員も加わっての散華(花を模した色紙を撒く供養)と住職の回向(祈りの言葉)がすばらしく、独自のものとして定着していることに感動しました。
会員 K
度の参加で、三回目です。一年に一度、お会いするボランティアスタッフの皆さんともすっかり顔馴染みになりました。今や私の夏の行事に欠かせないものになりつつあります。法要の後で交流パーティがあるのですが、昨年から、スタッフそれぞれ、会員の方のテーブルに入って、話の輪に加わります。昨年は少しぎこちなかったのですが、もう何年もやってきたかのように、すっかり馴染んでしまいました。
私のテーブルは全員お年寄りでしたが、皆さんと和やかにお話ができて、故郷に帰ったみたいでした。
会員 K