神奈川 成就院住職    鳴海 善通

 

 「鳴海さ~ん。鎌倉に行きませんか? 鎌倉は得意ですよね♪」

 五月の連休も明けて、成就院もやっと落ち着きを取り戻したタイミングで電話を頂戴した。

 鎌倉カァ。ソウダ!大覚寺の猊座に就かれて今春二期目を迎えた親族の御祝いも兼ねて、

〃いざ鎌倉〃 快諾して打ち合わせ、目的は聞き忘れて当日を向かえる。

 新幹線で東上された師を御迎えして、四方山話に花を咲かせる。そして今日は仏師の御自

宅兼アトリエを訪問されると判明した。

 辻賢三先生。東京芸術大学大学院教授(当時)であられ、文化財保存学専攻・保存修復工芸

研究室で熱弁を奮われる。

 鎌倉の細い路地を進むと、小川の小橋を背に、先生が大きく手を振られる。大きな安堵と共

に車を停めて、招かれるままにアトリエに入って度肝を奮われる!ソコニハ仏様の大きな頭部

と胴体が、ばらされた状態で迎えてくれた。

 「今はこんな状態なんです」と、修復状況を丁寧に説明下さる。嘉永四年に造立された貴惣

(寺院の総門)に祭られた多聞天・持国天は共に三度目の修復の期をむかえて居る。

 「状態は宜しいです」「体内からは色々な物が出て来ますネ」

 祈願の御札や御賽銭を始め、鳥の巣まで有りましたとの事。体内に往年の色彩が残っていたこと等。

お茶を頂きながらの話題は尽きない。

 香川県にお生まれの先生は家業に習い蒔絵師を極めて学ばれるも、何時しか文化財保存修復のエキス

パートと成られた。奈良東大寺に盧舎那仏の螺髪型香合を納められたキンマの大家でも在られる。

 「ですからこのアトリエは総合病院」「御披露目は完成後、退院してからなんです」成程!納得する

理由はそこに有った。遠方より訪ねて来られた師や鳴海に御高配下さり、先生は勉強会として門戸を御

開きに成られたのだ。

 「良い御見舞いをさせて頂きました」

 先生に感謝申し上げて御自宅を辞す。

 脇の小川には蛍が舞うと云う。 持国天の退院はその頃だろうか。

修復途上の持国天様と共に