桜葬通信12 January 2008 vol.12

第3回桜葬メモリアル(合同慰霊祭)
開催日が決まりました。

3月29日(土)です。
 赤く色づいていた葉をすっかり落とした桜葬墓地の桜たちですが、冬芽をしっかりとつけて春の訪れを待っています。第3回桜葬メモリアルの開催日が、3月29日(土)に決定しました。(2ページ参照)
 ゲストに樋口恵子さんをお迎えして、「桜の花の下で生と死、葬送を語ろう」をテーマに、今を生きる私たち、桜葬墓地に眠る大切な人たちがともに語り合い、祈り、これからを生きていくエネルギーを分かち合う集いです。宗教者の方々もこの日のために、桜葬メモリアルにふさわしい新しいかたちの慰霊祭を考えてくださっています。
 今年も桜の花の下でお会いしましょう。詳細は3月上旬発行予定の「E-net」でご案内いたします。


  エンディングセンター全国「桜葬」ネットワーク  住職日記

山の色
千葉 真光寺住職 岡本和幸
 冬枯れの季節を迎え、今朝は千葉の里山にも霜が降りました。四季はしばしば人生にたとえられます。生まれ落ちて青春を経て壮年期へ、さらには老年期へと移行します。それぞれの季節に特徴があるように、人生にも青年期には青年期なりの輝きが、壮年期には壮年期の頑張りが、老年期には老年期の落ち着きがあるはずです。青年でありながらやたら世間を儚み、僻んで、やるべきこともやらずに無為に過ごすのはもったいないことです。また老年でありながら青年期を懐かしみ、できないことばかり夢に描いて腐っているのもみっともないことです。
 私も人生半ばにさしかかり、これまでの春夏と過ぎてきた人生を想い、どうしようもない後悔の念に苛まれながらも、時の流れとともに果物が熟すように老熟していければいいなと思います。柿の実が地面に落ちて、徐々に霜枯れの雑草の中で土に還っていくように、人生の終わりが自然であり、すこしでも後世の肥やしとなるように努めていきたいとも思います。山の色を我が釈迦牟尼の姿とみた道元禅師に習い、自然が見せてくれる四季折々の相(すがた)に学びつつ人生を歩んでいきたいと、霜で銀色に光る朝の樹木葬墓地にたたずみ思いました。
千葉県袖ヶ浦市川原井634 
電話/0438-75-7414

杉の伐採と利用の現実
千葉 天徳寺住職 二神成尊
 ついに杉の伐採を始めた。切った杉で諸施設を作ろうと考え、チェーンソーとカナダ製の補助器具を使い、その場で製材することにした。器具も5万円で購入。しかし実際に製材をしてみると、一本の四寸角材を作るのに二人がかりで約一時間。職員の人件費が一八〇〇円となった。チェーンソーの消耗費と職員の危険手当を入れると、二〇〇〇円を超える。なんとホームセンターで売っている国産角材は一七八〇円。それも乾燥した高品質なもの。樹木葬の会員は伐採等の作業を無償でお手伝いしますよと言ってくれるのだが、危険な作業のためそれはできない。丸太のまま小屋を作るという手もある。しかし現実に造るとなると、さまざまな技術と時間がかかる。さらに必要以上の丸太小屋の施設を建てても仕方ない。
 やはり杉はもったいなくても切りっぱなしか、遊歩道用のチップや階段となるのが関の山か。まあ、その地でその地の栄養をもとにして育った杉だから、その地に還ってもよい。しかし釈然としないものである。 千葉県いすみ市大原山田1886 
電話/0470-66-1258

医者と僧侶の連携
大阪 大蓮寺住職 秋田光彦
 最近、在宅医療の専門家の方々とお話しする機会が増えています。在宅死普及のために奮闘する良心的な訪問医たちとも出会いが広がりました。そこで活躍する在宅ホスピス医たちの最大の関心は「治す」ことではなく、「看取る」こと。それは緩和ケアのみならず、どうこころを癒すのか、スピリチュアルなケアにまで至っています。仏教者の私たちの役割といちばん近いところにあるといえるのかもしれません。
 去る10月8日、應典院で、在宅医療を追いかけた記録映画「終りよければすべてよし」の上映と、対談を開催しました。満場の会場が沸いたのが、在宅ホスピス医の櫻井隆さんとのトーク。医者と坊主が「いかに看取るか」について、楽しく?語り合いました。
 印象的だったのは、遺族のケアについて話題が及んだ時です。櫻井さんが「遺族のためのグリーフケアより、次の患者さんのところへ早く行ってあげたい」と語られたのに対し、私は「遺族ケアこそ、最大の死の準備教育ではないか」と述べました。意見が対立したわけではないのですが、「看取り」を中軸としながら、生前と死後の役割の違いが際立ちました。どっちがどっちというより、医者と僧侶がもっと連携しなくては、という結論に至りました。
 死がどんどん生活に近くなり、それだけ個人の死生観が透けて見える時代となりました。いい面もありますが、逆に現代人の痩せた死生観は、場合によっては、「自分らしさ」というただのわがままに傾く危険性も併せ持っています。
 医者と僧侶の連携とは、おそらく看取りの現場における直接的な協同作業というより、互いに専門家としてどう地域全体に「いのちの文化」を育むのか、そこの一点にこそ腐心しなくてはならないと思いました。  大阪市天王寺区下寺町1-1-30 
電話/06-677-0113

それぞれの記念日
神奈川 成就院住職 鳴海善通
 12月に入ると街中がクリスマスムードで賑わってきます。
 クリスマスはその本源をたどると、太陽の新生を祝う「冬至の祭」がキリスト教化されたという考え方もありますが、今日ではキリストの生誕を祝う日であることはいうまでもありません。
 もちろん仏教徒である私たちには仏教の聖なる日があることを知っておいてほしいものです。
 お釈迦様はおよそ2500年前の方でありました。仏教の聖日としては、4月8日の灌仏会(かんぶつえ)=お釈迦様の誕生日、12月8日の成道会(じょうどうえ)=お釈迦様が悟りを開かれた日、2月15日の涅槃会(ねはんえ)=お釈迦様の示寂された日、が三大聖日です。
 いずれの日も、仏教では私たちに安心を与えてくれる教えの始まりの日として、尊ばれてまいりました。  暮れから新年にかけても私たちは多くの記念日を経験します。日常生活の中にある宗教にもとづく記念日のなんと多いことでしょう。人生に影響を与え、扉を開き、新しい道が与えられた日々。
 この機会に私たちは、自身と家族の記念日などを改めて見直してみてもよいのではないでしょうか。
神奈川県茅ヶ崎市甘沼473 
電話/0467-52-6704

道元禅師が説いた仏教の教え
山口 宝宗寺住職 三上隆章
 宝宗寺樹木葬は満三年がたちました。竹の根を掘り返した後も落ち着いてきて、植えられた木々も元気良く育っています。
 最近、樹木葬を契約される方でご葬儀も一緒に望まれる方があるようになりました。家の宗派にこだわりがなくなってきているようです。葬儀のやり方はこれから随分と変わっていくと思います。葬式仏教と揶揄されて久しいですが、お寺のあり方も変わらなければならないでしょう。
 樹木葬を始めて檀家様でない方にいろいろお話しする機会を得るようになりました。一般に思われているものとはかなり違う、道元禅師の説かれた仏教の教えの一端をお話しすると、皆様とても興味を示されます。本来あるべき仏教の姿は、いつの時代の人にも通じるものであるし、今の世の中は様々な偽装が横行しているので、原点というか本物を求められていると思うこの頃です。
樹木葬墓地の紅葉したドウダンツツジ
山口県萩市福井上1927 
電話/0838-52-0521

安らぎの墓苑
鳥取 正福寺住職 渡辺大修
 樹木葬・正福寺の桜葬は、樹高5〜6メートルの桜5本が植樹され、まわりには中世の土塁遺跡の上に聳える椎の大樹が、強い風から桜たちを守っています。
 いま冬桜が咲き、他の枝々には赤い紅葉葉を少し残し、すでに花芽をたくさんつけて、その時を待っています。
 冬晴れの日、お参りの方が墓苑に佇み、森の樹々や桜たち、そして故人との語らいの時を過ごされています。
 当墓苑の契約者の中で、祭祀承継者が身近に見当たらない方などからの要望で、当寺院が祭祀主宰者の指定を受諾することにしました。遺体の引取りから納骨・供養の一切を当寺院が執行するものです。そのための体制と契約のあり方等の準備に入っています。「これで、安心して死を迎えることができる」との安堵の声に、桜や樹木たちの安らぎが聞こえてきます。
 12月吉日、大山の麓、正福寺より
鳥取県西伯郡大山町茶畑238  
電話/0859-54-3860


編集:エンディングセンター桜葬プロジェクト 発行:井上治代