●●●ベルトコンベアに乗ったように機械的に終わってしまうお葬式、
そんなお葬式はしたくない。
遺族が故人に背を向け、会葬者に何度も頭を下げ、気を遣うお葬式、
これでは誰のためのお葬式かわからない。
故人と会ったこともない参列者が、おしゃべりしたり、笑ったり、
義理の関係者で大規模になっているお葬式はもういやだ!
単身者、子供がいない、娘だけ、
それなのに、お墓に継承者が必要っておかしい!
◆
できれば、私(故人)が生きてきたように、その生を閉じたい。
私(故人)をよく知る身内だけで、お葬式をやってほしい。
喪主となる人がいなくても、死後のことをやってほしい。
継承者を必要としないお墓に入りたい。
死んだら自然に包まれて眠りたい。
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◆「死と葬送の生前準備」とその「実施」 井上 治代
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1990年は葬送分野で第1の「山が動いた」年でした。死にゆく人をとりまく環境
が変わり、とりわけ家族の変化が大きく、それは即、お墓の継承問題にも及んで問
題が顕在化した時期でした。自分自身の問題でもあった私は、1990年に新たな葬送
問題を社会の多くの人に知ってもらいたいという思いを込めて、『現代お墓事情−
ゆれる家族の中で』(創元社)という本を出版しました。しかし、本の出版だけで
は力不足と感じた私は、1990年7月に「21世紀の結縁と墓を考える会」を発足させ
て、その会が新潟の継承者を必要としない墓「安穏廟」の第1回「フェスティバル
安穏」を共催し、東京で参加者の募集や受付業務をするところから活動を開始しま
した。
やがて「21世紀の結縁と墓を考える会」は、会名の「墓」を「葬送」に変更。そ
れはとりもなおさず、社会の関心が墓から葬儀などを含む葬送全般へ広がったこと
を意味しました。「21世紀の結縁と葬送を考える会」(EN21と略す)は、市民に
とって必要な、新たな形態の墓や葬送システムの展開を、手伝ったり、応援したり
、紹介してきました。
ところが10年を経て、新たな課題に遭遇することになりました。会員の中から、
「考える」だけでなく「実行」して欲しいという要望が多くなったのです。もとも
と会名に「結縁」とあったのは、21世紀の葬送は、家族などの「血縁」に拠るばか
りではなく、家族以外の人々も含めたサポートシステムが必要という主張が込めら
れていました。つまり「結縁」は家族に代替するネットワークを意味していたので
す。
2000年に、「21世紀の結縁と葬送を考える会」を発展解消し、熱き想い抱いた仲
間がさらに多く加わって、「エンディング
センター」が誕生しました。設立にあたり、北米大陸にネットが広がる葬儀の消費
者協会「フューネラル・ソサエティ」を参考としたり、イギリスの「ナチュラル・
デス・センター」を視察しました。これからは、そういった海外の団体とも情報交
換しながら、みんなの力で、前進していけたらと思います。
よりよい死と
葬送を実現するために活動する「エンディングセンター」は、各地
の同様な趣旨で活動する「ネットワーク団体」を結ぶ「センター」としての役割を
担うとともに、地域に根ざした情報提供や教育・相談・サポート活動もしていきます。
会員になってエンディングセンターをともに支えてくださいませんか。
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