樹木葬・桜葬のエンディングセンター(東京・大阪)

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お知らせ

【ご報告】フォーラム2009

●第2回通常総会 5月16日(土)
 弘済会館(四谷)
 映画『終りよければすべてよし』にかける想い
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記録映画作家の羽田澄子さんをお迎えして、井上代表との対談形式で、これまで製作した映画についてさまざまなお話をうかがいました。羽田さんは岩波映画製作所で80本余りの記録映画を撮り、退社後は撮りたいテーマを追った作品を発表しています。
 まず最初に、井上代表が「『終りよければすべてよし』という言葉にとても感動しました。これを含めタイトルに深みのあるものが多いが、どのようにタイトルを決めているのでしょうか」と質問しました。羽田さんは「退職後は夫の製作会社で映画を作っているので、夫が考える時もあるし私が考える時もあるのですが、『終りよければすべてよし』は私が考えました」と答え、この映画を製作した経緯を含めて話されました。
 この映画製作のきっかけとなったのは、3年前富山県射水市の市民病院で、ある医師が人工呼吸器をはずして患者を死亡させた事件。死に対して医療はどう対応すべきか。苦しみの中で死を迎えたら、苦しんで死ぬことになる。生きている間どんなにつらい人生であっても、最後が幸せならば安らかな気持ちで死ねるのではないだろうか。この映画の撮影中、「終りよければすべてよし」「終りよければすべてよし」という言葉が常に頭にあったと羽田さんは言います。  現在日本では病院での死が80%を占めていて、その病院では過剰な延命措置がなされる場合がしばしばです。自宅で死を迎えたいと願っている人は多いのですが、2006年4月から進められている在宅療養支援診療所制度は広がらず、その実現が難しいのが現状です。
 羽田さんは、先進的な事例を日本とオーストラリアとスウェーデンから取り上げ、映画で紹介しました。日本ではまだまだ在宅医療が広がっていません。組織がしっかりできていないこともありますが、医学教育にも問題があると思うので、ぜひ将来医者になる学生に、この映画を見てほしいと言います。
 最後に井上代表が、「羽田さんの生き方について話してほしい」と言い、羽田さんは「私は不器用に生きてきた。産めよ増やせよと言われた時代だったが、それだけではつまらないし、違う生き方があるのではと思っていました。仕事として映画作りはおもしろく、結婚しても続けようと思い、とうとう定年まで勤めました。さすがに最後の5年間は会社の仕事がつまらなくなっていて、やめたら自分の好きなテーマを撮ろうと思い、今日に至っています」と話してくださいました。

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